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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3729号 判決 1959年10月01日

原告 玉井起代子

右訴訟代理人弁護士 中川久義

鬼倉典正

被告 高野甚一郎

被告 和田春吉

右両名訴訟代理人弁護士 寺迫忠之

樫田忠美

福井盛太

宮沢邦夫

飯塚信夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件土地が篠原知義の所有であつたこと、昭和二十四年三月二十四日当時施行中の特別都市計画法により、本件土地が区画整理地区に編入され、その換地予定地として、別紙目録(一)記載の土地が指定されたこと及び被告高野が、本件建物を所有して、また被告和田が、本件建物を占有して、それぞれ右換地予定地を占有していることは、いずれも当事者間に争がない。

二、原告は、右換地予定地に対する使用収益権取得の前提として、「本件土地は、篠原から、その代理人三上万右衛門を介し日新に譲渡された。」と主張するので、以下この点について検討する。

(一)日新が、昭和三十年十二月二十九日三上万右衛門から交付を受けた本件土地の権利証、篠原の白紙委任状及び印鑑証明書を用い本件土地につき、篠原から日新に同日附売買による所有権移転登記手続の申請をし、その旨の登記を経由したことは、当事者に争がなく、また成立に争のない甲第九号証の一、第十号証、第十一号証並びにこれらの証拠により成立を認める同第二号証、第四号証及び第五号証によると日新は、昭和三十年十二月二十九日三上万右衛門に対し、金百万円を利息月一割、弁済期昭和三十一年一月三十一日の定めで貸し付けることを約し、且つその債権を担保するため、三上から、本件土地を譲り受け、翌三十日右百万円の貸借名下に、利息及び手数料を差し引いた残額金八十二万円を三上に交付したことを認め得ないではないが、当時三上が本件土地を譲渡担保に供する権限を有していたことについては、本件全証拠によるも、これを認めることができない。

(二)原告は右の点につき「日新は、右譲渡担保契約に当り、三上から、本件土地の権利証、篠原の白紙委任状及び印鑑証明書の呈示を受けたが、これらの書類は篠原が、任意に他人に交付したものであるから、篠原は日新に対し、本件土地を譲渡担保に供する権限を三上に与えた旨を表示したものであり、したがつて、篠原は右譲渡担保につき、その責に任ずべきである。」と主張する。

しかしながら、土地所有者が、権利証、白紙委任状、印鑑証明書を他人に交付する理由は、さまざまなのであるから、それが任意に他人に交付されたからといつて、当然に、右書類の所持人にその土地の譲渡権限を委ねた旨を所持人から呈示を受けた者に対して表示したものということはできずただ所有者において、右書類が、所有権移転登記手続に関して用いられることを予期し得る場合にのみ、右書類の交付ないし呈示をもつて、譲渡権限授与の表示があつたものと解すべきである。

しかるところ、篠原が、昭和三十年十二月上旬中野高校校長片桐誠に対し、中野高校の金融の便宜を計るため、本件土地を担保(譲渡担保を含むかどうかはしばらくおく。)に供することを承諾するとともに、右担保権設定登記手続に必要な本件土地の権利証、篠原の白紙委任状及び印鑑証明書を交付したこと、片桐が中野高校の教員で会計事務を担当する志賀利治に、本件土地を担保に他から金融を受くべきことを委任するとともに、右権利証、委任状印鑑証明書を交付したこと及びこの書類が、志賀から万富、万富から前記三上に順次交付されたことは、いずれも当事者間に争がなく、また、前記譲渡担保契約に当り、三上と折衝した日新の専務取締役岡本明義が三上から右権利証、委任状、印鑑証明書の呈示を受けたことは成立に争のない甲第九号証の一により明らかであるが、篠原が、右権利証、委任状、印鑑証明書を片桐に交付するに当り、同人に対し、本件土地を譲渡担保に供することを承諾したこと、したがつて、右書類が所有権移転登記手続に関して用いられることを篠原が予期していたことについては、本件全証拠によるも、これを認めがたく、むしろ成立に争のない乙第七第八号証及び同第十号証に本件弁論の全趣旨を総合すると、中野高校では、昭和三十年十二月当時、校舎ないし校内食堂を建築中であつたが、資金繰に追われ、同校校友で片桐と親交のある篠原に資金の援助を仰いだところ、篠原は、本件土地を担保にして銀行から金を借りたらよかろうといつて、前記のように権利証、委任状、印鑑証明書を片桐に交付したのであるが、当時篠原は、不動産担保といえば、抵当権をさすものと考えており、譲渡担保に供することなどは念頭になく、片桐もまた、そのように了解していたこと、現に昭和三十年六月ごろにも、篠原は片桐に対し、同人が他から金融を受けるに当り、本件土地を担保に供することを承諾したが、そのおり、片桐は日本相互銀行から金融を受けるとともに、同銀行のため、篠原に代つて本件土地につき抵当権を設定したにとどまることを認めることができ、この事実から推せば、篠原は、権利証、委任状、印鑑証明書を片桐に交付した当時、中野高校もしくは片桐が他から金員を借用して本件土地について抵当権を設定した場合、その貸主において抵当権設定登記手続に関して右書類を用いることのみを予期し、それが転々して所有権移転登記手続に用いられることを予期せず、また、これを予期し得る場合でもなかつたものということができる。したがつて、篠原の片桐に対する権利証、委任状、印鑑証明書の交付及び三上の日新に対する右書類の呈示も、未だ、原告の主張を支持するに足らず、その他篠原が、日新に対して、三上に本件土地を譲渡担保に供する権限を与えた旨を表示したことを認めるに足る証拠はないから、原告のこの点の主張は採用しがたい。

(三)  更に原告は、「前記譲渡担保は三上が本件土地について有する権限を超えるものであるが、当時日新は三上に本件土地を譲渡担保に供する権限があるものと信じ、且つ、そう信ずるについて正当の事由があるから、篠原はその責に任ずべきである。」と主張する。

しかしながら、三上が前記のように本件土地を譲渡担保に供した当時、本件土地につき、何等かの権限を有していたことについても、これを認めるに足る証拠はない。もつとも、三上が、当時本件土地の権利証、篠原の白紙委任状及び印鑑証明書を所持していたことは、前記のとおりでありしたがつて、三上は本件土地につき、何等かの権限を有していたようにみえないではないが、更に、成立に争のない甲第十号証、乙第三号証から第五号証、同第八、第九号証を綜合すると、志賀は前記のように、片桐から、本件土地を担保に金策することを任され、種々奔走したあげく、昭和三十年十二月十四日ごろ小西巖の紹介で、万富に対し中野高校のため本件土地を担保に二百万円ほど借用したい旨を申し入れたこと、右担保の趣旨は、抵当権を設定する点にあつたこと、その際、これに応接した万富の専務取締役大山正義は、真実二百万円を貸し付ける意思がなく、また担保の趣旨が抵当権設定にあることを承知しつつ、右申入を受け容れるとともに、小西ともども甘言を用いて志賀から、前記権利証、委任状、印鑑証明書の交付を受けたこと、その後間もなく、万富の代表取締役松本実夫は三上に対し、本件土地を担保に金策することを依頼するとともに、大山から受領した右書類を交付し、三上において、前記のように、本件土地を譲渡担保に供したことが認められ、この認定に反する証拠はない。これによれば、万富は、本件土地につき、前記書類を用いて抵当権設定登記をする権限を有することは別とし、これを処分する権限のないことは明らかであるから、万富から委任を受けた三上もまた、権利証、委任状、印鑑証明書を所持する事実にかかわらず、本件土地につき何等の権限を有していなかつたものといわざるを得ない。

したがつて、前記譲渡担保が三上の権限踰越によることを前提とする原告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由なきに帰するものといわなければならない。

三、そうすると前記譲渡担保契約にかかわらず、本件土地の所有権は、日新に移転しなかつたものというほかはなく、他に、日新が本件土地の所有権を取得したことについては、原告の主張も立証もないから、よし、原告がその主張のように日新から本件土地を買い受けたとしてもその所有権したがつて換地予定地の使用収益権を取得するに由なきものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は失当として、これを棄却することとし訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原弘志)

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